■ [その他] 今日のまえがき
自分にとって「日記」ってどういうものなのか、考えてみる。
だいたいは今日あったことを書き連ね、その事柄について自分の感情を付帯して終わり、という形のものなんだろう。少なくとも公開しないものに関しては。しかし自分はそういった「日記」を書き続けることができなかった。生まれてこのかたずっと、ただの一度も。面倒だからという理由もあるし、締め切りや義務感がないと何もできない人間だから、というのも大きい。
けれど、一番の理由は「その行為が自分の中でどんな意味があるのか?」という問いに答えが出せなかったからじゃないか、なんて思う。怒りや悩み、そんなものを日記の形で吐き出して書くことによってストレス解消、という目的にでも使っていたなら、まだ続いていたかもしれない。ただ、誰でも多少はあると思うけれど、自分の書いたただの文章ですら、あとから読み返すのは恥ずかしい。それも、かなり。だから日記に愚痴を書き連ねるっていうのは、あとから読み返したとき、ただの文章よりさらに恥ずかしく感じるのではないか。特に自分に非があるのに、無自覚に他人を責めている文章だったりしたら。そんなことを考えたら、日記として愚痴を書いてストレス発散なんて、自分では怖くてできない。だからストレス発散としての日記も自分の中では却下され、そして相変わらず日記を書く意味を見いだせないまま現在に至っている。
ではなぜこの「日記」は続いているのか。やはりある程度公開のものであること、また自分にとってはニュース・オピニオンなどを入れて、日記というよりWebページ更新といった感じで捉えているため、だろうか。あと毎日更新しなければ…という、自分勝手な義務感もあるだろう。以前のWebページなどはそれを2年くらい続け、いい加減疲れて全て投げ出してしまったので、あまり過度な義務感などは持つべきでないとも思うけれど。
しかしWebページ代わりに公開し、愚痴や非難などの個人的感情はできる限り薄めているとはいえ、あとから読み返したら死にそうになるくらい恥ずかしい文章もあったりするんだけれども。実際以前作っていたWebページの内容を今読み返すと、死にたくなるような内容だったし。しかしそれでも今日も私は、あとから見返すと恥にしかならないような「日記」を書き連ねていくのだ。まったく、自分の事ながらよく分からない。
…はい、今日の前書きは、正しい意味での「やおい」文章になりました(笑)。ヤマなし・オチなし・意味なし、です。ええ、ただの独り言ですとも、そうですとも。なんとなく自分の日記嫌いとこのページを続けてることの矛盾を考えてみたかっただけなんです、ええ、それだけです。…結局解は見つかりませんでしたけどね(笑)。
“香里のような人を怒らせると恐ろしい” の続きを読む